あしたできることはあしたやる

Put off till tomorrow what you can do tomorrow

蝶のこと

 時々思い出すことがある。蝶のことだ。

 記憶に登場する先生から考えるに、おそらく小学校3年生のときのことなんだろうけどもう15年ぐらい前のことなので他の記憶と混じっているのかもしれない。それに、これもおそらくなのだけれど2回か3回同じようなことがあって全部違う年に起こった気がするしもっと小さい頃、つまり1、2年生の頃な気もしている。いろいろと記憶が曖昧なのでもしかすると夢だったのかもしれない。本当はあの頃の友人に会った時にでも聞いてみればいいのだろうけど、何故か毎回その時には忘れてしまっている。

 小学校の頃、集団登校をして学校に着いたらまずグラウンドで遊んでいた。余談になるけれど僕達のクラスではその遊びとしてキックベースが定着していた、朝も昼も休み時間は毎回キックベースだった。キックベースってのはサッカーボールでやる野球みたいなもんで、23人しかいないクラスの全員が参加することもあった気がするしチーム分けを巡って誰かが泣いたような記憶もあるから僕たちは相当の熱意をもってキックベースに励んでいたんだと思う。そのキックベースが蝶の記憶には出てこない。記憶の中ではたぶんサッカーをしていた。キックベースをやり始めたのは3年生か4年生かその頃なので蝶の記憶はそれ以前のものなんだろう。

  そう、サッカーをしていた気がする。蝶の上で。

 文字通り「蝶の上」でサッカーをしていた。正確に言えば大量の蝶の死骸を踏みつけながらサッカーをしていた。秋の木の葉のように舞う蝶の死骸は、記憶の光景から考えると数百匹分はあったのだろう。白と黒の筋模様の羽の美しさと死骸が持つ独特の神聖さとが相まってその光景は未だに僕の中で恐ろしく美しい記憶として残っている。

 果たして本当にこんな事実があったのだろうか。あの数も信じられないし、大騒ぎにならなかったのもよくわからない。しかも記憶ではこんなことが複数回あったのだ。それに蝶の死骸を踏みつけるというのも今考えればと忌避感を覚えるような行為だ。でもまあこれに関してはそのぐらいの年齢の子供は蟻を平気で踏み殺したりするし、個人的な記憶としては幼稚園の頃に友達がカマキリをハサミで切断して断面が赤かったのを見てたりするので蝶の死骸を踏みつけるというのもあながち抵抗なくできる年齢だったのかもしれないとは思う。

 ただ、そんなことは関係なく僕は実際にあった出来事だと思っていた。疑おうと思ったことがなかったから。この記憶が揺らいだのはつい何年か前のことだ。僕は3つ下の妹も同じ小学校に通っていたし当然このことを覚えてると思っていた。それで何かの拍子に蝶の記憶を思い出した僕は妹にその話をしたのだ。しかし妹は覚えていない、妹が小学校に上がる前だったのだろうか。母にも聞いてみる、そんなことを聞いた覚えはないと言う。父も知らないらしい。そんなことをわざわざ聞きに旧友に電話するのも腰が引ける。さて僕の記憶は急に揺らいでしまった。よくよく考えると変な事が多い。夢だったんじゃないかとか、アメリカにいる大量の群れを作って渡りを行う蝶の話を聞いて何かと記憶が混ざったんじゃないかとか出来るだけもっともらしい理由を探してみたりした。が、イマイチ納得のいく理由は浮かんでこなかった。逆に真実であるという証拠を求めてそれっぽい蝶を調べてみたりもした。しかしそれも見当たらない。そこで僕は考えるのをやめてしまった。もう一度記憶を頭の奥底にしまいこんで真実かどうかなんてことにこだわるのをやめにしたのだ。

 それから今まで、事あるごとに蝶の記憶が思い出される。似たような肌寒い朝であったり、ふとアゲハ蝶を見つけたときであったり、そうした何でもないようなときにこの不思議で美しい記憶が浮かんでくる。僕はそのたびに記憶をひと通り疑ってみたりして、そしてすぐその思考パターンはもう過去にやり尽くしたことに気づく。今日もそうだった。ユーロの試合を6時頃まで観て、少し部屋が蒸し暑いなと思い窓を開けて早朝の冷たい空気を感じた瞬間蝶の記憶が浮かんできたのだ。それでちょっと考えてブログに書こうと思った。

 

 初めて蝶の記憶を文章にした。今まで何度か書こうとしたことはあったのだけれど。何というか、今まで取っておいたのだ。もし小説か何か書くことがあればこの話を書こうと思っていた。でも小説を書くことなんてこれから先ない気がするし、それにそろそろ書いておかないととも感じた。たぶんこれ以上寝かせるともっと記憶が変化して腐ってしまう、そんな気がした。記憶のときからたぶんだいたい15年、いい頃合いだと思う。そろそろ確かめてみよう。小学校の頃のクラスメートに何人か電話して聞いてみて誰も覚えていなかったら、やっぱり本当は無かったことということなのだろう。

 あの朝もこんな湿った曇り空だったような気がする。こうやって記憶はどんどん改竄されてきたんだろうか、そんなことを考える。そろそろ大学に行こう。1限は遅刻だ。

 

 

 

 

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